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川中島古戦場史跡公園(八幡原史跡公園)は的外れな史跡!

第四次川中島合戦(八幡原の戦い)

長野市小島田町にある川中島古戦場史跡公園を訪問(2021年7月)。平成29年6月までは「八幡原史跡公園」と呼ばれていた。園内には12,000平方メートルの築山状芝生広場や市立博物館があり、隣接する八幡社の境内にはよく知られた「武田信玄と上杉謙信一騎討ちの像」がある。

1561年 第四次川中島合戦(八幡原の戦い)で、まさにこの場所が武田信玄上杉謙信両軍激突の最前線!!と思いきや、とんでもなく大外れ。武田軍本陣近くの八幡社というだけで、古戦場史跡とはかなり違和感がある。史跡公園の紹介として「信玄が本陣を置いた八幡原」という表現がされるが、ここはあくまでその八幡原の一端にすぎない。紛らわしいだけで、歴史好きには期待を裏切る観光地だ。

第四次川中島合戦(八幡原の戦い)川中島古戦場史跡公園(八幡原史跡公園)の位置。歴史的背景よりも交通の便がいいから史跡公園にしたのではなかろうか・・と疑ってしまう。

まさに川中島古戦場と呼べる激戦地は史跡公園から西へ3kmほど離れたところで、「合戦場」という地名が残っている。その合戦場から篠ノ井バイパスを挟んで隣接する南長野運動公園(長野オリンピックスタジアム)には勘助宮跡の石碑が建っており、そこで山本勘助は討ち取られたと伝わっている。

この川中島古戦場史跡公園では、有名な一騎討ちどころか戦闘すら行われていない。しかし武田軍が勝鬨をあげた八幡社があり、討ち取った敵将の首実検を行った場所ではある。また、上杉軍を挟撃する陣地として枡形陣形を構えた場所なので土塁跡が残されている。

武田上杉一騎討ち像1969年(昭和44年)にNHK大河ドラマ「天と地と」が放映されたが、そのブームにあやかり一帯が公園化され、八幡原史跡公園(現・川中島古戦場史跡公園)となった。そのときに一騎討ちの銅像が建てられ、石碑の移設などが行われた。古戦場としては広範囲に捉えなければいけない。なお、武田信玄が呼称したとされる「川中島」とは犀川と千曲川に囲まれた三角地帯の地名。南長野運動公園あたりでは、度重なる大洪水の跡が確認されている。

1561年9月、武田信玄・上杉謙信 両軍激突!合戦の流れ

武田信玄・上杉謙信 両軍激突現地にあった(第四次)川中島合戦図。オリジナルでは南が上に向いており見づらかったので、画像を加工して北を上に向けた。「ほんと、史跡公園って何なの?」って位置にある。

前哨戦!割ヶ嶽城攻め

1561年3月、上杉謙信は北条氏康の小田原城を包囲するが長期布陣になると思われ撤退した。その最中の4月~5月、武田信玄が謙信の属城である割ヶ嶽城(わりがたけじょう)を落とした。これが第四次川中島合戦の前哨戦とされる。信玄の重臣・原虎胤はこの戦で負傷し、このあとの川中島合戦に参戦できなくなり、代わりに山本勘助が参謀に起用された。

上杉軍、妻女山に布陣

北条氏康は同盟関係にあった武田信玄に援助を要請し、信玄は山本勘助に命じて海津城(後の松代城)を築き、北信濃に侵攻。8月、海津城を攻略すべく謙信は善光寺を経て妻女山に布陣した。海津城の城代を務めた高坂弾正(高坂昌信・春日虎綱)は籠城し信玄本隊の到着を待った。そして信玄は茶臼山(信里小学校より東300mに旗塚跡)に布陣した。※甲陽軍鑑には茶臼山に布陣したという記録はなく、茶臼山の南に位置する塩崎城に入って海津城とともに妻女山を挟んだ説もある。

啄木鳥戦法、発動!

8月下旬、妻女山に動きがないため信玄本隊は海津城に入城する。山本勘助の進言により「啄木鳥戦法」に出る。その作戦とは、武田別働隊1万2千が妻女山の上杉軍を攻撃し麓の八幡原に追い込む。これを平野部の武田本隊8千が待ち伏せ、武田別働隊と挟撃する算段である。1561年9月9日深夜、武田別働隊が妻女山に向い、信玄本隊は鶴翼の陣で八幡原に布陣した。

平野部で激闘

武田軍の動きを察した謙信は密かに妻女山を下り、雨宮の渡しから千曲川を対岸に渡った。9月10日朝、武田別働隊12000は肩すかしを食らい、平野部では信玄本隊8000と下山した上杉軍13000の激闘となった。武田別働隊は八幡原に急行、上杉軍は挟撃される形となったため善光寺に引き揚げた。戦没者は上杉軍が3000余、武田軍が4000余と伝えられている。

「雨宮の渡し」に千曲川は流れていない現在の地図と史跡の位置。なお、現在の千曲川は合戦当時と川筋が異なっているため、「雨宮の渡し」に千曲川は流れていない。現在の千曲川は、800メートルほど北方に移動している。「雨宮の渡し」あたりでは古来より紛争が多く、渡河するうえで軍事上の重要ポイントであったようだ。武田信玄と上杉謙信の一騎討ちは御幣川での出来事とされているので、銅像のある史跡公園からかなり離れている。

川中島合戦、総大将:武田信玄各武将たちの配置図。

武田本隊(8000人) 総大将:武田信玄

山本勘助、武田信繁、武田義信、武田信廉、武田義勝(望月信頼)、穴山信君、山県昌景、内藤昌豊、諸角虎定、跡部勝資、浅利信種、ほか

武田別働隊(12000人)

春日虎綱(高坂昌信)、馬場信房、飯富虎昌、真田幸綱、甘利昌忠、相木昌朝、芦田信守、小幡憲重、小山田虎満(昌辰)、ほか。小山田信有(妻女山からの迂回部隊)

上杉軍(13000人)  総大将:上杉政虎(上杉謙信)

柿崎景家、北条高広、宇佐美定満、村上義清、安田長秀、直江実綱、甘粕景持、本庄実乃、中条藤資、色部勝長、本庄繁長、鮎川清長、山吉豊守、高梨政頼、井上清政、荒川長実、志駄義時、大川忠秀 、ほか

八幡社境内(武田の枡形陣形跡)

八幡原史跡公園川中島古戦場史跡公園(八幡原史跡公園)に隣接する八幡社。参道のところに「一騎討ちの地 八幡原」の標柱が建っているが、何とも紛らわしい。一騎討ちどころかここでの戦闘はない。細かいことを言えば、一騎討ちは御幣川の中で行われた説もあり、そうなると八幡原は一騎討ちの地ではない。

なお、八幡原という地名は現地案内板で次のように説明されていた。 「平安中期、源顕清が信濃国に流されたとき、広大な原野のこの地を訪れ八幡大神(誉田別尊)を祀ったことから、この広原一帯を八幡原(はちまんぱら)と名付けられた。川中島合戦で神殿が破壊されたが、武田信玄は海津城代・高坂弾正(春日虎綱)に命じて神殿を再建させた。江戸時代から明治維新までは松代藩真田家が祭祀・修繕・管理を行ってきた。明治41年に建御名方が合祀された。」※要約

山本勘助が海津城を築く際に、水除け八幡として勧請手前が旧社殿で中尊寺金色堂と同じ構造の鞘堂となっている。山本勘助が海津城を築く際に、水除け八幡として勧請した社と伝えられている。その奥が現在の神殿で、昭和15年に生島足島神社(上田市)の旧社殿を譲り受けて移築された。

枡形陣形である土塁跡境内には枡形陣形である土塁跡が見える。山本勘助が進言した戦法「キツツキ戦法」が採用されると、1561年9月9日夜、この八幡原に挟撃の陣地を構えた。土塁を築き矢来を組み、盾を巡らせて陣をおいた。土塁の土留めには自生の槐を杭として使用したため、長い年月を経て巨木に成長したと伝わっている。※矢来【やらい】 とは、竹や丸太をあらく交差させて組んだ仮囲いの柵。

逆槐(さかさえんじゅ)これが杭から巨木に成長した槐。根を上にして杭を打ち込んだので逆槐(さかさえんじゅ)という。逆さにしてどう成長したのかよくわからないが・・。

首塚(屍塚)

屍塚(かばねつか)かつては屍塚(かばねつか)と呼ばれていた。武田方の武将で海津城主だった高坂弾正(春日虎綱)が、この辺り一帯に散らばる戦死者の遺体を手厚く葬った塚である。敵味方の別なく、6000体あまり集めたという。上杉謙信がこれに感激し、「敵に塩を送る」エピソードが生まれたというが真相はいかに・・。これと同じ大きめの塚はここから東南180mのところにもある。また、小さな塚は各所に点在しているという。

執念の石

武田軍中間頭・原大隅(はらおおすみ - 原虎吉)武田信玄に切り込む馬上の上杉謙信に対し、武田軍中間頭・原大隅(はらおおすみ - 原虎吉)が、傍らにあった信玄の持ち槍(青貝の長柄)を取って一突きした。槍が反れたため、返す槍で斜めから打ち下ろすもまた外れた。その攻撃で謙信の馬が驚き狂奔して去った。信玄は難を逃れたものの、原大隅は謙信を取り逃がした無念から、この石を槍で突き通したという伝説がある。ただし、この時は強襲をかけた武者が謙信だったと思っていないはず。後に「あの武者は謙信だったかもしれない」と噂になったのが史実らしいので。謙信ではなく荒川長実という武者だったという文献もある。原大隅の子孫は現在の八王子市に移住し、千人同心になったとしている。

執念の石これがその「執念の石」で、中央あたりが貫通している。さすがに槍で突き通したなんて、史実だと信じる人はいないだろうけど。

三太刀 七太刀之跡

三太刀 七太刀之跡信玄と謙信一騎討ちを指す「三太刀 七太刀之跡」の石柱が大正時代、地元民によって建碑されたが、整備公園化されたときにこの境内へ移設された。三太刀 七太刀のエピソードは次の通り。

上杉謙信は愛馬・放生月毛(ほうしょうつきげ)に跨り、愛刀・小豆長光を抜き、手薄になった武田信玄の本営を数騎で強襲した。信玄は一太刀目を軍配団扇で受け止めたが、二の太刀では腕を、三の太刀では肩に傷を負った。ところが、軍配には7箇所の刀傷があったので、三太刀七太刀(みたちななたち)之跡と呼ばれるようになった。

現地の説明では「軍配団扇に7箇所、腕と肩にそれぞれ1箇所の刀傷」だから、「三太刀で九太刀」ではないかと思うのだが意味がわからん。つまり「謙信は三太刀に見えて実は素早く七太刀食らわした。信玄は七太刀を軍配団扇で受け止めたものの、その勢いで腕と肩に負傷した」という意味だろうか?いずれにしても、史実と切り離して楽しむロマンなのだろう。

武田信玄・上杉謙信の一騎討像

一騎討像-御幣川(おんべがわ)での名場面甲陽軍鑑の記述にある一騎討ちの銅像。甲陽軍鑑なので真偽はともかく、上杉側の史料「北越太平記」によれば、これは御幣川(おんべがわ)での名場面である。上杉謙信が僧体で表現されているが、この時はまだ出家していない。

そもそもの話として、上杉軍の中から単騎で武田信玄を強襲した武者がいたそうだが、後に武田陣営で「あれ、上杉謙信じゃね?」と噂になって伝説化したもの。しかも、謙信どころか、越後十七将の一人で旗本先陣を務める荒川長実だったという文献(上杉家御年譜)もある。彼が上杉謙信の影武者という説もあり、合戦後の消息は不明。

なお、南光坊天海が御幣川の一騎打ちを目撃しており、「甲陽軍鑑にあるような一騎打ちは誤り」と証言したという。ふたりが御幣川の中へ馬を乗り入れ一騎討ちをしたという説まである。つまり結構いいかげんな感じ。

御幣川は犀川から分流して千曲川に合流する川であったが、河床が下がってしまい犀川からの分流が途絶えている。そのため現在では篠ノ井西部の山地からの水が千曲川へと流れる岡田川となっている。篠ノ井御幣川という地名はある。

武田・上杉の軍旗について

上杉軍の軍旗では「毘」と「龍」の旗を用いた。「毘」は上杉謙信が信仰した毘沙門天を意味し、戦場では毘沙門天と共にあり加護されていることを示した。「龍」は突撃用の軍旗で乱れ龍を意味していた。

武田軍の軍旗「風林火山」は、兵法の聖典である孫子の一節。「疾きこと風の如く、徐かなること林の如く、侵掠すること火の如く、動かざること山の如し」。もともとは紺色の絹布に金泥が書かれ、筆は恵林寺(武田家菩提寺)の禅僧、快川紹喜という。他には「南無諏方南宮法性上下大明神」の軍旗が用いられた。

築山状芝生広場

築山状芝生広場や市立博物館川中島古戦場史跡公園の園内には12,000平方メートルのゴルフ場みたいな築山状芝生広場や市立博物館がある。訪問する前は「ここで戦闘があったのか~」と勘違いをしていたが、なんてことはない(笑)、ただ八幡原の一部というだけで史跡と関係ない。松代藩の関係でか広場には佐久間象山の銅像が建っている。また市立博物館では川中島合戦の展示物を推していたが、ほとんど皆無に近い残念な状況だった。

千曲川史跡公園の東側には千曲川が流れており、河川敷がかなり広大。

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