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千葉県鎌ヶ谷市にある伝説の城~比定地を巡る

中沢城

千葉県鎌ケ谷市中沢に接する道野辺には西城と東城という地名があり、そこには中沢城があったという。伝説的な存在であり場所は確定されていないが、道野辺八幡宮の由緒で中沢城の存在が触れられている。

道野辺八幡宮の伝承によれば、鎌倉時代、中沢城の築城において鬼門封じとして鎮座したという。また、地元の伝説では平将門が下総鎮圧の際、大野城を築城し、さらに中沢城も築城し道野辺八幡宮を鎮祭したという。道野辺八幡宮は妙蓮寺から北に続く台地上にある。土塁らしき遺構があるが、ここらは小金牧であっため城の遺構ではなく「野馬除け土手」の可能性が高いとのこと。日本城郭大系によれば、地勢的にも城の必要性を感じないという。

中沢壱岐守という人物が中沢城の城主であり、天正時代、「中沢城の戦い」で高城胤辰、荒木三河守に攻め滅ぼされたという伝承がある。また、「トウモロコシ畑の葉音を敵の襲来と思い込んで自刃した」、「この地ではトウモロコシを栽培しない」など、各地の古戦場で聞くような伝承もある。いずれにしても城址の所在が確認されておらず、やはり伝説の城なのである。

昭和55年に発掘調査が行われたが、城郭跡と断定できるような成果は出ていない。明治40年に刊行された「東国闘戦見聞私記」によって中沢城の存在が知られるようになったが、大正時代にはすでに伝説の城だったようだ。仮に存在したとして、戦国時代は小金城の高城氏による支配と考えられる。

比定地:妙蓮寺~道野辺八幡宮の台地

妙蓮寺中沢城と仮定して、まずは南端の妙蓮寺から登城開始。ちなみに妙蓮寺の由緒を読んでみたら、日蓮聖人の母・妙蓮尊尼(梅菊御前)の生誕地だという。日蓮の直弟子で総本山身延山久遠寺第三世の日進上人が、妙蓮追善供養のため鎌倉末期(1329年)に創建した。妙蓮寺は中山法華経寺の末寺であるが、このような古刹も周辺の開拓により残念な境内と化している。

妙蓮は道野辺の旧家(現在の右京家)に生まれ、貫名重忠に嫁いだ。貫名氏は静岡県袋井市の豪族であるが、貫名重忠は安房小湊に流罪となったらしい。日蓮は安房小湊で誕生した。貫名重忠の法号は妙日であり、日蓮は両親の法号から各1字を取った命名となっている。

西城・東城の地名妙蓮寺から東側の道路を通る。そしてこの台地が中沢城比定地であるが、妙蓮寺と八幡宮の間は農家の私有地であり確認できない。ただ衛星写真で見る限りは何もなさそうである。城であればここは堀だったのだろうか?

そもそも、城の手がかりである西城・東城の地名が無くなっていてわかりにくくなったが、南部公民館と妙蓮寺の中間に西城遺跡(破壊されている?)があるので、概ね特定できた。

坂道は農家の私道で、その北にある東参道から八幡神社境内に入ってみる。

八幡神社境内参道の階段。犬の散歩禁止の看板が置かれている。

道野辺八幡宮は鎌ケ谷市を代表する大神社らしい。

鎌ケ谷市を代表する大神社道野辺八幡宮の拝殿。

天満宮にある土塁境内の天満宮にある土塁。しかし、ここらは小金牧であっため「野馬除け土手」の可能性が高いとのこと。そもそも、鬼門封じの位置であれば中沢城の主郭ではないわけで、出城ではなかろうか。

野馬除け土手

江戸幕府は軍馬生産のため、下総地方に小金牧と佐倉牧を設置している。鎌ケ谷市の台地上に設置されたのは、小金五牧のうち中野牧に属している。最盛期には1000頭近くの野馬が放し飼いにされたという。野馬には餌が与えられないため、村の畑を食い荒らすこともあった。そのため村人は野馬除け土手を築き、村と牧の境とした。

勢子土手(せこどて)というのもあり、野馬を水飲み場や捕入(野馬を追い込み捕らえて選別する施設)へ誘導する土手だった。国史跡に指定されている初富小学校校庭近くの野馬土手は勢子土手である。北初富駅すぐ南の「下総小金中野牧跡」は捕入跡(とっこめあと)である。勢子土手の経費は江戸幕府が持ったが、野馬除け土手はすべて村の負担であった。これらの土手を総じて「野馬土手」という。

中沢城・比定地~根頭神社の森(市民の森)

市民の森道野辺八幡宮の南西にある「市民の森」が雰囲気としては城郭にみえなくもない。小規模なキャンプ場が低地にあり、空堀が続いているような地勢をしている。どうやら市民の森は、根頭神社の境内のようだ。森は本殿林と人工林で構成されている。

根頭神社の森(市民の森)根頭神社の拝殿。

境内に続く南側では「西山遺跡」が発掘されており、縄文中期には人々が住んでいたことがわかる。この地には開拓者である「草分け八軒衆」 がおり、この家のひとつ、三橋孫六家の遠い祖先に当たる藤原左衞門丞が京の公家を辞し、東国に下向した。当主から保証文書と大神の神器を授けられたので、八軒衆に相談の上、自らの土地を寄進し根頭神社(ねずじんじゃ)を創建したとある。創建年代は不明であるが、藤原左衞門丞という人物が藤原親盛であれば、平安時代末期の創建と推察される。

南部公民館根頭神社の北にある南部公民館の立地も城郭雰囲気だが、決め手がなさそう。

比定地3:萬福寺

鎌ケ谷市中沢484の日蓮宗 萬福寺境内は「萬福寺遺跡」とも言われ、鎌倉時代から室町時代の墓地であったことがわかっている。寺は天正元年(1573年)日光上人により開山した。萬福寺の北側には根郷貝塚(ねごうかいづか)があり、縄文~室町時代に及ぶ複合遺跡である。この根郷(ねごう)というかつての地名(小字)は「根小屋」を指し、城郭を示唆しているように思える。さらに萬福寺から300m北の鎌ケ谷市第四中は大堀込遺跡であり、縄文~平安時代に及ぶ複合遺跡となっている。こういった条件から、「萬福寺、八幡春日神社、第四中」の一帯を中沢城の比定地と捉えても良さそうな気がしてきた。現在では小規模だが、東の位置に根郷川が流れており外堀として利用が可能な条件ではある。

中沢城は萬福寺かな萬福寺に訪問。地勢から考察すると萬福寺の高台を活用した砦程度の城かもしれない。ちなみに萬福寺の前を通る街道は「根郷梨通り」と呼ばれる。

見晴らしのいい高台この辺では見晴らしのいい高台だ。

城郭を彷彿とさせる構造車でのお参りは鐘つき堂を取り巻く急坂を上ることになる。城郭を彷彿とさせる構造だが、そうあってほしい願望で見てしまうからなのだろう。

萬福寺境内遺跡の説明板史跡:萬福寺境内遺跡の説明板が置かれている。次のように説明されている。「中世(鎌倉・南北朝・室町・戦国)~近世(江戸時代)の墓地跡。152基の板碑や美濃・瀬戸産の蔵骨器や古銭が出土している。39基の板碑は年号が判明しており、最も古い板碑は弘安7年(1284年)である。1319年銘以降の板碑ではすべて日蓮宗関連であるため、日蓮宗への改宗があったことが窺える。戦国時代には墓地として認知されているわけで、墓地を城として利用するか判断しかねるところもあるが、根郷という地名が気になるところ。

八幡春日神社

八幡春日神社の台地に上がるS字の坂道非常に趣があるのは萬福寺の低地から八幡春日神社の台地に上がるS字の坂道。相模台城(松戸市)の坂道を彷彿とさせる雰囲気で、堀切を思わせる。

八幡春日神社八幡春日神社の鳥居と参道。

土塁は城址境内。両脇の土塁は城址というわけでもないし、古刹の雰囲気のみ。ちなみに、八幡春日神社と根頭神社の森が鎌ケ谷市内の社叢林として、「ちば遺産100選」に指定されている。

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