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分倍河原の戦い(享徳の乱)では、上杉憲秋の自害地

関東三大不動の高幡不動尊と、高幡城

東京都日野市にある高幡不動尊こと、高幡山明王院 金剛寺に行ったのでレポートする(2016年5月)。裏山には不動ヶ丘(比高40mほど)があるが、そこは高幡城址であり、麓には根小屋という地名があるため中世の城跡だったことが分かる。高幡城について詳しいことは分かっていないが、享徳の乱における分倍河原の戦いにて、上杉憲秋(憲顕)が自害した地であり、籠城の構えとして機能したと推測できる。

分倍河原の戦いについて(1455年)

第5代鎌倉公方(後の古河公方)足利成氏が、関東管領の上杉憲忠を暗殺したことに始まった享徳の乱だが、室町時代に起きた関東地方における大乱である。その最初の戦いが分倍河原の戦い(ぶばいがわらのたたかい/1455年)で、足利成氏と上杉顕房との間で戦われた。

足利成氏軍は分倍河原の高安寺に陣を敷いたため、上杉憲秋(憲顕)ら先陣隊は高安寺に攻め寄せたものの撃退される。上杉憲秋は立河原で負傷し、高幡不動に逃れたものの自害したという。

※上杉憲秋:
犬懸上杉家で、上杉氏憲(上杉禅秀)の子。高幡不動尊境内には、自然石の墓標があり、俗間信仰では茶湯石(服石)と言い、百か日忌払い供養の伝承がある。(鎌倉大草紙)

高幡不動尊 境内

関東三大不動の高幡不動尊金剛寺こと高幡不動尊は、誰が呼んだか「関東三大不動」のひとつ。ほかには、成田山新勝寺、不動ヶ岡不動(總願寺)、大山不動(大山寺)または高山不動(常楽院)がある。室町時代の高幡不動尊は「汗かき不動」と呼ばれていた。
また、高幡不動尊は、新選組副長 土方歳三の菩提寺や紫陽花の名所として知られる。なお、決まった時間に行けば護摩祈祷を拝見できる。

古文書によれば奈良時代の開基(701年以前、行基菩薩の開基)とも伝わるが、寺伝では平安初期とされる。関東地方最古と言われる鰐口を所蔵しており、そこには清和天皇の勅願により慈覚大師が建立したと刻まれているため。

高幡不動尊の木造不動明王は関東唯一の平安時代の巨像であり、総重量1100キロを超える。11世紀末ごろ、当地の西党系諸氏族が造立に関係したと推測される。1335年に台風で被害を受け、南北朝期には部位が変更されてしまったが、現在では造立時の姿に戻され修復された姿になっている。

土方歳三境内にある土方歳三の銅像。高幡不動尊の境内をよく稽古場所として使っていたと言う。

高幡不動の門前町高幡不動駅そばの参道入口(左)、重要文化財仁王門(右)。

不動ヶ丘(高幡城址)

高幡城境内の裏山は不動ヶ丘といい比高40mほどあるが、山内八十八ケ所巡拝路となっている。また都立多摩丘陵自然公園の一部であり、そこが高幡城址である。この写真の場所は物見曲輪といった雰囲気で五重塔がみえる。

高幡城遺構、本丸山頂の本丸入り口付近。高幡城に関する案内板はこれだけ。山内八十八ケ所巡拝路として整備されており、遺構を変えてしまった箇所もあるだろう。高い丘とちょっとした土塁や堀切以外、これといった明確な城郭は確認できないが、元々、腰曲輪を配置したシンプルな城だったと思われる。戦国末期では背景的に北条氏の支配下になったことだろう。

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平山城址公園へのコース

高幡不動尊~多摩動物公園の敷地を沿って歩くコースは、「かたらいの路」というハイキングコース。
「かたらいの路」は多摩丘陵の尾根道なのだが、動物園までは密集した住宅街の中であり面白くもない。民家さえなければ、立地しとしては見晴らしの良いハイキングコースなのだが非常に残念だ。歩きごたえが良かったのは昭和初期のことだろう。

高幡不動尊から平山城址公園へのハイキングコースだったが、雨天のため途中で断念した。

「かたらいの路」というハイキングコース動物園を抜けると開けた場所に出てくる。このコースは若干アニマル臭を覚悟せねばならない。雨天のため、平山城址公園には行かず、平山城址公園駅に向かう。ここらは、「平山季重のさと」と呼ばれており、平安末期の武士、平山季重が多西郡舟木田荘平山郷(東京都日野市平山)を領地としていた。日奉宗頼を始祖とする武蔵国西党の一族である。

保元の乱(1156年)や平治の乱(1159年)では源義朝に従い、義朝の敗死後は平家に下った。しかし、源頼朝が挙兵するとそれに従い、富士川の戦い、金砂城の戦い、木曽義仲討伐、一の谷の戦い、屋島の戦い、壇ノ浦の戦いなどに参戦している。平家滅亡後の、奥州合戦にも参戦している。

平山季重の子孫は、鎌倉時代の執権北条氏に取り潰されず存続し、戦国期には後北条氏に従っている。そして1590年の小田原征伐では、後北条氏とともに平山氏も滅亡したと考えられている。しかし、この多摩地区には子孫と自称する方々が住んでいる。

平山季重の墓所
道中、せっかくなので平山季重の墓所、大沢山 宗印寺に立ち寄った。

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