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宇都宮氏の居城で、今は外観復元した都市防災公園

宇都宮城

11世紀の平安時代後期、宇都宮氏の祖である藤原宗円によって宇都宮城が築かれたとされる。また、藤原秀郷が築城した説もあり、詳しいことは分かっていない。

藤原宗円が前九年合戦で源頼義、義家に協力し、功績を上げたため下野国守護職を得ている。また、下野国一宮(宇都宮明神・二荒山神社)の社務職となったことから、下野宇都宮氏の発祥は神職者だったようだ。しかし現在では戦国大名として知られている。その藤原宗円の孫、宇都宮朝綱から苗字に宇都宮氏を名乗るようになった。なお下野一宮(いちのみや)が訛って「うつのみや」となったというが、諸説ある。

22代の宇都宮国綱まで約500年間、宇都宮氏による下野支配が続くが、1597年 豊臣秀吉によって突如改易され、戦国大名宇都宮氏は終焉を迎える。養子縁組トラブル、石高詐称など諸説あるが、改易理由は定かではない。

宇都宮氏以後、城主は浅野氏、蒲生氏、奥平氏、本多氏、松平氏、阿部氏、戸田氏へと移り変わっていったが、主な改修者は本多正純 である。現在の宇都宮市中心部の骨格は、このときに改修されたものとされる。江戸時代の宇都宮城は、東西南北1キロほどの規模だった。外観としては天守閣がなく、石垣も一部だったようだ。

宇都宮城は徳川将軍の日光参詣(日光社参)で宿泊先として使われたため、城下町は大変賑わった。本丸の御成御殿では将軍が宿泊したとされている。二の丸の御殿は城主が居住し、公式行事を行なっていた。

本多正純の釣天井事件

宇都宮城といえば、本多正純の宇都宮釣天井事件が有名だが、事実ではない。カラクリ仕掛けの暗殺天井など存在はしない。とにかく本多正純が突然改易され、出羽横手への流罪となったことから生まれた創作。改易は別の原因らしい。

※宇都宮釣天井事件

1622年、徳川家臣本多正純が、宇都宮城に釣天井を仕掛けて徳川秀忠の暗殺を図った嫌疑の事件。日光参詣から帰るときを狙った。これは正純を失脚させるため、土井利勝らの謀略とされる。大谷寺にゆかりのある徳川家康 長女・亀姫が黒幕という噂も。

本多正純は、流罪先の横手城で生涯を終えたという。監視役を務めたのは須賀川城攻防戦で実質大将を務めた須田盛秀で、このころには横手城城代だった。

ちなみに宇都宮城址公園のビジターセンターでは、徳川秀忠の暗殺計画ではなく、徳川家光と修正されていた。創作というが、徳川家光は、「宇都宮釣天井事件の難を免れたのは大山寺の不動明王のご加護」としたらしく、大山寺の参拝にきているらしい。

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江戸時代 宇都宮城 城下町復元図

宇都宮城江戸時代 宇都宮城の縄張りと現在の地図を重ねたもの。ほとんど遺構が残っていないことがうかがえる。

田川田川が宇都宮城の東を守る天然の要害となっている。

およりの鐘宝蔵寺が所蔵する「およりの鐘」が鐘楼門にある。二荒山神社に納められるなどの経緯の後、1944年に宝蔵寺へ移されている。鋳造年代は不明だが、宇都宮氏の家紋「三つ巴」が付いているので宇都宮氏の寄進と考えられる。(第8代宇都宮氏当主の宇都宮貞綱の寄進と伝わる)。江戸時代には夕暮れになると、時を告げる鐘として宇都宮城下で鳴らされていた。(およりとは、お休みになるという意味)。もともとは東勝寺(宇都宮氏の菩提寺のひとつ)にあったものだが、1597年の豊臣秀吉による改易によって宇都宮氏が滅亡し廃寺となった。

宇都宮城の遺構消失

宇都宮城は戊辰戦争(1868年の宇都宮戦争)によって、2度の攻城戦が行われた。城下町もろとも大半の建物が焼失、その後、城郭一帯が民間に払い下げとなったため、城郭の面影は徐々に消えていったという。

戦後の1946年、戦災復興都市計画の戦災都市に宇都宮市が指定されたことにより、市街地へと変貌。残っていた西館濠、地蔵濠などの内堀も埋められ、ほとんどの城跡は消滅した。関東七名城の1つだった宇都宮城はほぼ跡形もなくなってしまった。

宇都宮城址公園で、都合よく「よみがえれ!宇都宮城」

宇都宮城跡は、1958年に宇都宮市が御本丸公園として整備、発掘調査が進められてきた。2002年は宇都宮城址公園に改称し、翌年から、石垣、土塁、堀など外観復元する工事が始まった。そして2007年に外観復元した宇都宮城址公園が開園。

よみがえれ!宇都宮城鉄筋コンクリートでできた土塁にトンネルまで設けてある。土塁の中にビジターセンターが設置されているという、驚愕の要塞ぶりには度肝を抜かれた。史跡というよりは、災害時避難場所である防災公園なのでしかたがないのだろう。リアルに復元したところで喜ぶのは城郭マニアだけで、多額の市税を払うことになる宇都宮市民が納得するわけがない。宇都宮城デザインの機能施設といったところで妥協しているように感じた。

福島県須賀川市では、須賀川城にゆかりのある火祭「松明あかし」を盛大に行っているが、史跡としては「須賀川城ってどこにあんの?」というくらいの状態だ。ある意味、これくらいの潔さがあってもいいかもしれない。

「よみがえれ!宇都宮城」市民の会が復元を目指し活動してきたようだが、「潰してしまった遺構は都合よく甦らないこと」も念頭に、残された宇都宮市内の史跡保護にも活躍してもらいたいものだ。

宇都宮城址公園宇都宮城址公園のマップ。外観復元といっても本丸の一部という中途半端さ。さらに本丸御成御殿、清水門、伊賀門を外観復元する計画があるらしい。

ちなみに、宇都宮城址公園の整備費(平成13年度から平成18年度まで)で、約32.7億円。(内訳:国庫補助金9億円、 市費22.9億円、 宇都宮城復元基金の積立金 8千万円)

清明館ビジターセンターからエレベータで土塁に上がれるハイテク要塞。土塁を伝って歩き、天守閣の役割を果たした清明館、土塁南西部にある富士見櫓にいける。宇都宮城の歴史としては面白いが、史跡感覚で遠方から見に来るほどの価値はない。あくまで市民の防災公園だ。

宇都宮 二荒山神社

日光の二荒山神社は、「ふたらさんじんじゃ」と読むが、宇都宮では「ふたあらやまじんじゃ」と読む。下野国一宮であり、一宮(いちのみや)から訛って宇都宮という地名になった説がある。社伝では、毛野国が下野国と上野国に分けられた際、豊城入彦命を下野国の氏神として祀ったことに始まる。

宇都宮 二荒山神社宇都宮初代当主で宇都宮城を築城した藤原宗円が宮司を務めたとされるが、宇都宮氏とは縁が深く、中興の祖である17代当主・宇都宮成綱によって建て替えられている。

再建された二荒山神社小田原北条氏の宇都宮侵攻や、戊辰戦争である宇都宮戦争などの戦火により何度か焼失しており、現在の社殿は1877年に、明治政府によって再建されたものである(仮社殿)。

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