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DELLパソコン旅行記。中山法華経寺のはじまり

富木常忍の城館だった若宮館(奥之院)

鎌倉時代中期、下総国の守護であった千葉頼胤の家臣、富木常忍(ときじょうにん)は、八幡荘若宮と呼ばれたこの地(千葉県市川市若宮)に若宮館を構え、鎌倉幕府に奉公していた。そこで布教活動をしていた日蓮と出会い信者になった。

1260年、鎌倉の松葉ヶ谷で日蓮は焼き討ちにあったが、富木常忍を頼って若宮館に逃れている。このとき富木常忍は館のなかに法華堂を建て日蓮を迎えた。1264年に安房 小松原(千葉県鴨川市)で東条景信に襲われた時にも若宮館に逃れた。若宮館が「初転法輪の旧跡」と呼ばれるのは、この法華堂で百回にも及ぶ説法が開かれたことに由来する。この説法により、中山の大田乗明や曽谷の曽谷教信は信者となっている。

1282年に日蓮が入滅すると、富木常忍は出家して日常(にちじょう)と号し、法華堂を法華寺と改称した。後に(1545年)古河公方の足利晴氏より称号が贈られ、法華寺は中山の本妙寺と合体して法華経寺となった。富木常忍こと日常が第一世(初代貫首)となり、法華寺(若宮館)はその奥之院となった。※太田乗明の屋敷跡が本妙寺。かつて本妙寺があった場所は、法華堂、祖師堂、五重塔のある中山法華経寺の位置。

足利晴氏といえば、河越夜戦で小田原北条氏にボコスカに叩きのめされた印象が強いが、こんなところにも影響力があったとは・・・、意外な繋がりを感じざるを得ない。

奥之院境内、富木常忍の城館跡

若宮館(奥之院)若宮館跡(奥之院)の日常聖人像とお堂。日常とはここを居館としていた富木常忍のことである。なお、別名では富木胤継とも呼ばれている。

土塁若宮館を取り囲む土塁。かつての城館を偲ばせる遺構はこれくらいなもの。16世紀頃に盛り土をして松の木を植えたという文献が見つかったため、現存するのは鎌倉時代の土塁ではないという説もある。

外からはブロック塀が敷かれ、土塁が確認しにくい。外からは城館らしさが伝わりにくい風景だ。

若宮八幡神社

若宮八幡神社近くの若宮八幡神社は、若宮館に住む富木氏の鎮守社として創建された。

市川市の地勢と歴史~国分台エリア市川市は南北に細長く、北部は標高20~30mの台地と段丘の地勢となっている。そして台地の間に樹枝状の支谷が幾重も入り込んでいる。若宮館(奥之院)は台地の南方に位置する。 ※写真は、市川歴史博物館の展示資料より

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法華経寺

八幡荘谷中郷正中山 法華経寺は、千葉県市川市中山二丁目にある日蓮宗大本山の寺院。昔は八幡荘谷中郷と呼ばれた。建長年間(1249~55)ごろ、このあたりには下総国守護千葉氏の被官、富木常忍と太田乗明の館があった。彼らは曽谷郷の曽谷氏とともに日蓮に帰依し、富木氏の館は法華寺、中山の太田氏の館は本妙寺となった。当初は両寺が並び立って一寺を構成していたが、法華経寺と呼ばれるのは、戦国時代(1545年)以後に両寺が合体してからである。

法華経寺の境内と奥之院法華経寺の境内。

法華経寺第1世は日常(富木常忍)、第2世は日高(太田乗明の子)、3世は日祐(千葉胤貞の猶子)。鎌倉~南北時代に法華経寺は隆盛の時代を迎える。千葉胤貞は守護ではなかったものの、千葉氏の有力な一派として権力を持っており、日祐の後押しをしている。日祐は胤貞の父・宗胤の遺骨を安置して、胤貞流千葉氏の氏寺として基礎を築いた。境内には妙見堂があり、千葉氏の面影を残している。朱色の塔身の五重塔は、1622年に加賀の前田利光(後の加賀藩第2代藩主・前田利常で、前田利家の4男)が寄進したものと伝わっている。

立正安国論を保管

法華経寺には日蓮が書いた立正安国論などの国宝や聖教(仏典)が保管されている。千葉氏のもとで文筆官僚をしていた日常(富木常忍)が整理保存に意を注いだ結果だという。富木常忍が千葉氏関係の事務書類を料紙として日蓮に提供したため、日蓮自筆の聖教の裏には鎌倉時代の古文書が記されていた。これを紙背文書という。人身売買や借金の実態など、当時の東国社会を知る資料になった。

日蓮の立正安国論立正安国論の複製(市川歴史博物館より)。1260年、鎌倉幕府執権・北条時頼にあてたもので長さは16mある。「世の中が乱れているのは間違った信仰によるものであり、今こそ法華経の教えを広める時だ」と進言している。しかし、北条時頼は日蓮の申し入れに取り合っていない。日蓮は浄土宗・律宗などを批判したため、浄土宗の人々は日蓮の住んでいた名越(松葉ヶ谷)の小屋を焼き払った。そこで下総中山の富木常忍を頼ってきた。

立正安国論を保存している聖教殿聖教殿に立正安国論を始め重要文化財64点などを保存している。聖教殿の建設は昭和6年で、建築者は東京帝国大学教授の伊東忠太。盗難、火災、虫害、湿気から守られた近代科学の保存法が講じられている。

城郭を思わせる法華経寺の境内

胤貞流千葉氏の氏寺法華経寺には堀切といった一部城郭のような遺構が見られ、防衛機能を備えているように感じた。または元々城館跡だった名残なのかもしれない。胤貞流千葉氏の氏寺であったことから、当時の対立勢力から防衛する必要性があったのかもしれない。※南北朝時代、千葉胤貞は北朝方につき、千葉氏宗家の家督を奪った叔父の胤宗やその子・貞胤と対立している。

若宮館(奥之院)法華経寺の山門と参道。

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