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市川合戦で滅亡した曽谷氏の居城!

曽谷城の城郭

市川市曽谷3丁目14には曽谷城跡の説明板が建つ。昔この辺りは曽谷一族の居城のあったところであり、曽谷殿屋敷とか曽谷殿館と呼ばれた。現地案内板によると、曽谷重胤が千葉胤鎮(たねしず)から曽谷村3000町(下総国八幡荘曾谷郷)を与えられ、曽谷城主になったことに始まると伝わる。

※一方、市川-市民読本によると、「千葉常胤の五男、国分胤通の末裔、国分胤鎮は曽谷に館を構え、その子、道頂が曽谷を姓とした」とある。道頂の長子が曽谷教信で、安国寺を建立とある。

曽谷城の詳細情報と遠景曽谷城の遠景。宅地化で遺構はほとんどないが、小さな森あたりに曲輪の一部が残っている。

重胤の孫が曽谷教信(きょうしん)で、日蓮聖人に帰依して法蓮日礼(ほうれんにちらい)の法号を給わった。そして長谷山安国寺を建立している。末裔である曽谷胤貞は足利尊氏に従軍し九州の多々良浜合戦にて武功を上げたが、下総への帰路途中、三河国 高橋合戦(1336年)にて討ち死にする。その後、1456年に曽谷氏は滅亡したと伝わる。※享徳の乱(1455年~1483年)のころ千葉氏重臣となっていた原氏が大野城を築くが、この勢力を持って曽谷氏の支配下であった曾谷・大野を押領したとされる。

曽谷氏が滅んだ後でも、城中には烏石(からす石)という曽谷氏の愛石が残されていたが、江戸時代の書家 松下雨石はこの石に大変惹かれ密かに江戸に運びこみ秘蔵した。号を雨石から烏石(うせき)に改めたほどだ。現在では東京都大田区の磐井神社が保管している。

市川市の地勢と歴史~国分台エリア市川市は南北に細長く、北部は標高20~30mの台地と段丘の地勢となっている。そして台地の間に樹枝状の支谷が幾重も入り込んでいる。曽谷城jは中央、曽谷郷の台地に築城され、支谷の複雑な地形を利用したと考えられる。曽谷城の北東には大野城があり、そのあたりには曽谷山 法蓮寺、曽谷山 礼林寺がある。ゆえに当時はそのあたりまで支配していたと考えられる。
※写真は、市川市歴史博物館の展示資料より

大野城発掘調査曽谷城近隣の城跡。

曽谷城の案内板と、わずかな遺構

曽谷城を登城する曽谷城としての象徴な構図がなく案内板を撮影しているが、このお宅とは何ら関係ない。
この周辺が曽谷城であるが密集した住宅地となっており、地勢から縄張りを想像して楽しむしかない。この辺りの宅地は、この特異な地形のために二階が玄関という変わった居住スタイルだ。なお、曽谷城の落城後、ここに最初に住んだのが梶尾弥平太という人物らしく、この辺りは曽谷字弥平太と呼ばれていたらしい。

城郭で堀跡の名残坂道の勾配に屈曲した枡形道のオンパレード。この悪路はまさに城郭で堀跡の名残だろうか。しかし台地が崩され破壊されすぎている。登城はこの時点でほぼ終了と感じたが・・・もうちょっと頑張って探索してみることにした。

曽谷城の詳細情報と遠景曽谷城案内板の側にある坂道を下るとアパート(レオパレス オールイン)があるが、その庭には土塁らしき遺構が確認できる。建設の際にわざわざ盛り土をしたとは思えないので、樹木の土用に土塁の一部を残したのだろう。

曽谷城の全容案内板の右側へ進んだところにある民家の裏庭に土塁と空堀の一部が残されているらしいが、曽谷城の全容を知ることはできないとのこと。少しばかり森になっているところに遺構があるのだろうが、私有地なので諦めるしかない。

市川市曽谷の遺構を探索下り階段の脇に細道を発見。整地されているが、腰曲輪のような小道になっている。

発見!曽谷城の遺構、曲輪お手製のブランコ1つだけの名も無き公園に着いた。ここからは東方面(国分台地)の景色が眺められる。この遺構はどうやら曽谷城の腰曲輪っぽい。それにしても、あんなところに曽谷城案内板を立てたら、「城跡なんかなんもねえじゃん」と誤解されかねないと思うのだが・・。

曽谷城の帯曲輪鬱蒼としたしげみに進んだが、フェンスがあり行き止まり。とにかく帯状であることは分かった。藪に埋もれているが、整備すればもう少し遺構を楽しむことができるであろう。遺跡保護も踏まえて、市川市による城址公園化を望む。

民家の切岸曲輪の背後(西側)は急峻な切岸で、この上に先ほどの民家があるわけだ。

曽谷城の全容を知る曲輪は現在ではなだらかな傾斜なので、そのまま下りたら広い空き地に出た。おそらく昔は湿地帯だったのだろう。確認できる曽谷城の遺構はこんなところ。とにかく、このあたりは小さな盆地というか、窪地というか、高低差の激しい地形であり城を築きやすい場所であるが、よくこんなところを宅地化するなあ~と疑問に思う。なお、曽谷城にゆかりがある安国寺が100mほど離れたところにある。そこも曽谷城の一部とみてもよさそうだ。

曽谷教信の建立~長谷山 安国寺

長谷山 安国寺1260年、曽谷教信が館の傍らに建立した安国寺。出家した教信は日蓮から法蓮日礼(ほうれんにちらい)の法号を給わった。家督を子息(胤継)に譲ると安国寺に住み、妙見菩薩を祀って千葉氏の安泰を祈願した。後、市川大野に曽谷山法蓮寺を建て移り住んだ。1291年に68歳で没したという。

1456年に曽谷氏は滅亡したため境内は荒れ果て妙見堂のみ残っていたが、1669年に18世日順上人が再建したという。1744年に儒学者の服部南郭と書家の松下雨石が安国寺境内に王羲之の像を安置した宮を建てる。このような文人墨客が曽谷まで足を延ばしたということは、国府台の古戦場万葉集の伝承(手児奈)に興味を持たれていたことが伺える。

妙見堂と鬼子母神堂境内にある妙見堂と鬼子母神堂。千葉氏といえば妙見信仰、日蓮宗といえば鬼子母神がつき物。

曽谷城の遺構安国寺は眺望のよい高台にあり、城内の一部であったことが推測できる。縄文時代には貝塚だったようで、安国寺貝塚と呼ばれている。この高台から曽谷城の遺構が残っているとされる森が見える。

堀跡を破壊NTT市川曽谷の裏手(南側)。堀跡を破壊した跡のようにも思えるが・・。

馬坂

馬坂春日神社~NTT市川曽谷~曽谷公民館前バス停までの県道は、馬坂と呼ばれていた。昔、近辺は屈曲した道ばかりで、東側から西側へ進むには、春日神社からのすべりやすい粘土質の急斜面を登らなければならなかった。縄文期では貝塚だったらしく、馬坂貝塚と呼ばれている。

馬坂を下りると馬頭観音があり、馬の足洗い場があったことから馬坂と呼ばれたとか。おへだの池と呼ばれた水源池があり、馬洗、牛洗いと分けて洗っていたという。汚物の捨て場を「そうまんど」と言っていた。また、坂では馬が赤土で度々転んで怪我をしたから馬坂と言ったという昔ばなしがある。家も何もない淋しいところで、追い剥ぎなんかも昔はいたらしい。※市川市の伝承民話より

曽谷緑地

曽谷緑地安国寺より北に100m行くと、細長く連なる曽谷緑地がある。結構な窪地であり、これが湿地帯であったとするなら曽谷城の北を守る天然の要害だったと想像できる。何と言ってもあくまで想像だが。

撮影スポット曽谷の高台からの眺めでは、夕日と富士山とスカイツリーが一直線に並ぶ撮影スポットらしいが、これはどうでもいいや。

曽谷貝塚

貝塚曽谷緑地から更に120mほど北東の位置には曽谷貝塚がある。ここはあまり曽谷城との関連はないだろうが、曽谷城の北側は確実に湿地帯であったことが推測できる。馬蹄形貝塚としては日本最大級。

百合姫伝説の弁天池公園

曽谷貝塚から更に100mほど北東に移動すると、弁天池公園。曽谷貝塚の縄文人が飲料水として利用していたという。池の中に池端弁財天の祠が浮かんでいるが、あいにくの工事中。昔の弁天池には、じゅんさいがたくさん生えていたため、じゅんさい池と呼ばれていた時期がある。

弁天池公園『市川のむかし話』よると、百合姫にまつわるこんな伝承がある。

千葉宗家を滅ぼした馬加康胤の乱により、馬加康胤の子孫である下総千葉氏と、宗家・胤直の弟である胤賢の子孫である武蔵千葉氏 とに分かれ、千葉氏の内紛が勃発した。曽谷一族も2つに別れて戦った。

百合姫の父で曽谷城の城主・曽谷直繁は、武蔵千葉氏に加勢したが市川合戦により討ち死にする(1456年、曽谷氏滅亡)。百合姫はこの地(弁天池公園)まで落ち延びたが、悲しみのあまり弁天池に身を投げた。

その後、池の周りには百合姫を弔うかのように一面に白百合が咲き、百合台と呼ばれるようになった。 (百合台という住所はないが、曽谷城近辺の保育園や小学校に百合台の名称が付いている)。弁天池公園の池端弁財天は、百合姫を弔って建てられたものだと伝えられている。なお、百合姫は創作であり、百合台は家臣団の住む場所を指す「寄居台」から転じた可能性も示唆されている。百合姫の話はあくまで伝承されてきた昔ばなしであり、安易に史実とは受けとめ難い。

余談だが、曽谷の禁忌・俗信で、とうもろこし、かぼちゃ、きゅうりを作っていはいけないという。春日神社の氏神の乗り物である鹿がトウモロコシのサヤで目を傷つけ片目を失ったことから忌避しているという。きゅうりは輪切りにすると天王の紋(八坂神社の神紋が木瓜)が出ることから忌避しているとか。

また月見をしない俗信もある。第2次国府台合戦で敗退した里見氏の一部が曽谷に逃れたという。月見をしていたときに北条氏の奇襲を受けたことから忌避していているのだとか。

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