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篠川公方・足利満直の居城

篠川御所(ささかわごしょ)

郡山市安積町笹川にある東舘稲荷神社が篠川御所の東館にあたる。篠川公方・足利満直の居城で知られる。(2016年8月訪問)。阿武隈川に沿って築かれており、城の東は断崖で守られた水際の城館である。鎌倉公方の足利満兼の弟・満直が、1399年~1440年の間在城したため篠川御所と呼ばれる。南北朝時代、南朝方の宇津峰城や守山城に対抗するための要地でもあった。そのため築城はその頃だと思われる。環濠土居敷といわれる四角い郭を数個寄せ集めた群郭式城郭をとっており、足利氏の居城・鑁阿寺と似たような形である。南北朝時代に出現した形式だという。

東舘稲荷神社が篠川御所東舘稲荷神社に曲輪跡がの残る。この西側にいくつもの曲輪があったようだが、市街地化により明確な遺構は確認できない。高石坊という地名があるが、そこは城下町と推定されるようだ。

篠川公方の居館社殿のある郭の上。東館といっても篠川公方の居館があった場所であれば、ここが本丸と言ってもよさそうだ。

1392年、3代将軍・足利義満は足利氏満(第2代鎌倉公方)に陸奥・出羽を管領させた。氏満は子の満隆を下向させ篠川を統治させた。氏満が没すると足利満兼(第3代鎌倉公方)は弟・満隆を鎌倉にとどめ、他の弟、満直を篠川御所に、満貞を稲村御所に入れた。 ※喜連川判鑑では、満貞を「篠川殿」、満直を「稲村殿」としているが、現在では反対であると確定されている。

足利氏~鎌倉公方と古河公方の略系図

足利氏-鎌倉公方-小弓公方-堀越公方鎌倉入りした満隆は、兄・足利満兼が没すると、新たに鎌倉公方となった甥っ子の足利持氏を補佐する立場に立つ。
1416年、満隆は鎌倉で勃発した上杉禅秀の乱にて持氏と対立。4代将軍・足利義持とも対立し討伐令が出て、鶴岡八幡宮別当坊で禅秀らと自刃した。

阿武隈川と篠川御所阿武隈川の土手(サイクリングロード)から、東館側を撮影。部分的に土塁が確認できる。そして東側の阿武隈川と横断する東北新幹線。防御のための要害はもちろん、運搬用の水路としても活用したことだろう。

1438年、永享の乱にて鎌倉公方・足利持氏が室町幕府と対立すると、篠川公方・満直は幕府に従い持氏と抗争した。一方、稲村公方・満貞は持氏を支持し、共に鎌倉の永安寺で自害した。6代将軍の足利義教は子(足利政知)を鎌倉公方にしようと画策したが、反対する下総結城氏(結城氏朝・持朝父子)により結城合戦が勃発(1440年)。この乱の最中、下総結城氏に呼応した南奥諸氏(畠山・石橋・石川)が篠川御所を襲撃し、満直を自害に追い込んだ。戦乱により鎌倉入りができなかった足利政知は、伊豆の堀越で留まったため、堀越公方と呼ばれる。

篠川公方が滅亡したあとは、須賀川・二階堂氏の家臣・須田頼隆が入城したという。そのため、元の篠川御所から改修された可能性は否定できない。この東舘稲荷神社は須田氏の氏神であったと伝わっている。南西には笹川総鎮守・熊野神社があるが、そちらは足利氏の守護神である。

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