国府台城、土気城、久留里城

今度は北条にゆかりのある城を紹介。小田原攻め以前には、北条氏は下総・上総の侵略を進めており、たびたび里見氏との合戦を展開しています。第二次国府台合戦(1563年~1564年) で有名な国府台城、クラン坂を持つ土気城、里見の防衛ライン久留里城を紹介します。

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北条氏とゆかりのある城:国府台城、土気城、久留里城

国府台にある里見公園
千葉県市川市国府台にある里見公園は、かつての国府台城。第一次/二次国府台合戦の古戦場跡です。今は花見の名所になっています。1479年、太田道灌の弟・ 太田資忠が臼井城を攻めるために築城したのが国府台城です。臼井城の頁で紹介した通り、太田資忠は臼井城で討ち死にしています。

江戸川を見下ろせる高台に位置する国府台城は、下総国を制覇するための要の城。
戦国時代はじめのころは、「室町幕府・関東管領・太田氏」VS「古河公方・千葉氏」の戦いの舞台となっています。

後半は主に北条氏VS「小弓公方・里見氏・上杉氏」。国府台城一帯では2度に渡る国府台合戦が行われました。

第一次国府台合戦(1538年)

北条氏綱 VS 小弓公方の足利義明。義明は里見義堯ら軍1万を従えて国府台城入り。北条氏綱は嫡男の氏康ら軍2万を従えて江戸城入り。戦略で意見が食い違ったため、里見義堯は義明を見殺しにして戦線離脱。以後、北条氏の下総から南への侵略が始まる。

第二次国府台合戦(1563年~1564年)

「北条氏・千葉氏」 VS 里見義弘(義堯の嫡男)。北条氏康と武田信玄が上杉謙信方の城を攻撃した際、里見義弘が上杉方の援軍に向かう。北条軍が国府台で援軍を阻止しようと合戦が始まる。北条勢の夜襲を受けて里見軍は大敗し、土気城(とけじょう)の酒井胤治に救出されて戦場を脱出する。

堀切や空堀の一部
国府台城の土塁および石垣。完全になくなった遺構もありますが、堀切や空堀の一部は残っています。1590年小田原合戦後、徳川家康によって廃城。理由は「江戸が見下ろせる場所にあるから」と言われています。唐沢山城と同じ例ですね。

※第二次国府台合戦以降
第二次国府台合戦で勝利した北条氏の南下(安房の国侵略)が始まる。しかし、1567年、上総の国で行われた三船山合戦にて里見義弘は北条氏政に勝利を収め、北条氏の南下を阻止する。

土気城のクラン坂

クラン坂
第二次国府台合戦で里見氏に味方したため、同年1564年、土気城主の酒井胤治は北条から報復攻撃を受けます。そのときに活躍したのが土気城観光スポットのクラン坂。
昼間でも暗闇というということから、訛って「クラン坂」と言うのだとか。

クラン坂は本丸から二の丸につながる切り通しで、空堀の役割を成します。また本丸からの脱出経路でもあり、搦手口も兼ねているようです。この通りを通過する北条勢を上部から一斉射撃したと思われます。

蛇行通路
城の構造では当たり前となっている蛇行通路。直進できないため、軍勢は減速せざるを得ません。また、先が見通せないので攻撃の手が怯みます。

大軍勢でもたまったものではありません
こんなところを矢や鉄砲で襲われたら、いくら大軍勢でもたまったものではありません。幅は自動車一台分ほどで、街灯は一切無し。自動車やバイクで夜に通過するなら相当な恐怖があるらしいです。

土気城主「酒井胤治」の嫡男
土気酒井氏と同族であった「東金酒井氏」は北条氏に従っていたため、土気城攻めに参戦しています。土気城主「酒井胤治」の嫡男、康治がこれを撃退したそうです。

横穴墓
いくつかの横穴式の墓地が確認できました。「鎌倉にしかないとされてきた横穴墓が、房総半島で発見された」とニュースになったこともありました。
しかし、どこぞの不届き者が不法投棄を・・。

不届き者が不法投棄

本丸はJAL研修センター
同行メンバーも少しばかりはこの切通しに興味を示したようだ。なお、本丸はJAL研修センターとなっており、一般人は進入禁止になっています。いくらでも土地があるのに何で城跡に建てたのでしょう。

鉄道マニアの撮影スポット
切通しを抜けるとJR外房線に架かる橋の上です。JR土気駅~大網駅の中間あたり。
知る人ぞ知る、鉄道マニアの撮影スポット。

善勝寺は、土気城の出城跡
土気城本丸より500m離れて位置する善勝寺は、土気城の出城跡。その名も善勝寺城。土気城の南を守る高台で、曲輪らしき土塁が残っています。

善勝寺の山門
善勝寺の山門も奥ゆかしい。

小田原攻めで土気城廃城

1590年小田原攻めで、土気城の酒井康治は北条勢に属し、共に小田原城にて籠城戦に参加します。そして土気城は豊臣家臣の浅野長政らの前に開城。土気城は廃城となり、土気酒井氏も小田原北条氏と共に滅亡。

里見の対北条防衛ライン、久留里城

久留里城ハイキング
1455年に武田信長によって築城された久留里城。1535年には里見義堯(よしたか)の手に落ちこの地を本拠に置きます。

北条綱成の2万余りの軍が里見義堯・義弘の守る久留里城を攻撃
1554年、北条綱成は軍2万で里見義堯、義弘の守る久留里城を攻撃します。しかし、里見軍は数十日間の攻防戦を展開し、北条軍を撃退。

二の丸からの眺め
翌年1555年にも北条軍の攻撃を受けますがこれも撃退。これで里見の難攻不落の城として名を上げます。古戦場跡は案内板にて確認できます。(写真では中央よりやや右よりの平地です。)

1564年、第二次国府台合戦で大敗した里見軍は、一旦北条軍に久留里城を抑えられますが、すぐに奪還。1567年、三船山合戦にて里見軍は北条軍に完勝。北条氏の南下を阻止します。

1590年、豊臣秀吉による小田原攻めでは、里見義康は北条征伐の参陣を無視したため上総の所領を没収され、久留里城を出ることとなります。同年、久留里城には松平忠政が3万石で入城しました。里見義康は安房国4万石に減封。義康の嫡男・忠義の代で里見氏は改易され歴史から姿を消します。

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DELLパソコン持って、小田原城攻めスポット

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